ムリとか言っておきながら、案外可能だったりするかもしれないと思ったけど、精神的にバテバテの樹を気遣って、イルカのショーを見て帰ろうということになった。
ショーの時間を入れて四時間弱。病院に戻るにはちょうどいい時間だ。
流石に目玉のイベントのだけあって、人の集まりは多い。順番待ちの列に並ぶ中、私達は係員の男性から車椅子などの足の不自由な人の優先席に案内してもらった。
「こちらになります。どうぞ楽しんでくださいね」
「ありがとうございます」
と、親切な係員にお礼を述べて席に着く。
「いくら何でも一番前かよ」
隣に座っていた樹が何やらブツブツいっている。
「どうしたの?」
「いやさ。こう何か一番前って水もろに被りそうじゃん。そしたら大変だなーって」
…………………。
なんだそんなことか。
昔なんか平気で川に落ちていた男の子がそんな事を気にしているのか
と思った所で、その心の声を聞いたかのように、
「言っとくけど、おまえの事を言ってんだぞ?服、濡れたら大変だろ。冬だし」
「あ!」
すっかり忘れていた。
一応最前列の人にはビニールシートが水除けとして配られていた。
しかし意外と面積は大きくなく、上半身か下半身のどちらかしか水しぶきから守ることが出来ない。
どうしよう、と困り果てているときだった
バサッ、と一枚のダウンコートが肩に掛けられた。
「え!?」
「とりあえず上はそれでも被ってろ」
樹の上着だった。
「え、でもそれじゃ樹が寒く――――」
「良いから着てろ。別に俺なら風邪ひいたって病院で見てもらえるし」
「でも、やっぱり――」
「お、始まるぞ!」
使い古されたショーの開始の曲が流れ出した。
『おまたせしました!これより本日最後の、イルカのショーイベントを始めます。先ずは紹介から――――』
ピーッという笛の音に続いて、イルカたちが華麗にジャンプする。
名前を呼ぶごとに、一匹、また一匹と。
イルカたちは観客にお腹を見せたまま仰向けで泳いぎ、インストラクターの指示に従って、ボールを跳ね上げる。
「うっは!すっげぇ!」
ドッボンとジャンプの度に音がして、水が高く跳ね上る。
歓声が会場から盛り上がる。
天井に設置された三つのループを一度に三匹が同時に潜り抜ける。
「うわわ」
天井から下げられたボールを叩いたりする度に高く跳ね上がった水飛沫が落ちてきたが、樹のコートで濡れることはなかった。
「おお!」
その後も、インストラクターを乗せて泳いだり、水面に浮かべたループを潜ったりと、イルカたちのショーは続いた。