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「なぁ……やっぱり取り消しって訳には………」
「いきませーん」
一応最後の悪あがきを樹はしてみた。
その抵抗を拒否したつかさは、樹の乗った車椅子を押しながら、
「望みを叶えるって言ったのは樹だからね」
といった。そう言われては
「そりゃそうだけど」
としか返せない。
「なーに、そんなにデートが嫌ですか?」
にっこり笑顔ながら、ちょっと怖い。
いや、ここまで来たら別に良いんだけどね。
とか開き直ってみたりするところは、恥ずかしさかから来るいい訳のつもりなのかも知れない。
「いや。やっぱ車椅子ってなんか浮くじゃん?空気的にさ。その場にいるだけでなんか空気こわす、みたいな」
「別に大丈夫だよ。入っちゃえば暗いとことかあるし、誰も気にしないって」
「そういうもんか?」
「そうそう。すいませーん、大人二枚。あ、車椅子の人ってお金取ります?」
つかさは窓口にいる女性にさり気なく交渉をしていた。そして、チケットを手にゲートへと歩を進める。
「なんかやり口せこくないか?」
「ま、半額にはなっちゃうんだからいいじゃない」
悪びれたようすもなく、つかさは窓口で受け取ったパスを係員に見せる。
「まあ、いいんだけどさ」
樹は観念したように黙ってつかさに従う事にした。
二人がやってきたのは、最近隣町にできたという大型の水族館だ。
海に面しているとはいえ、そのような施設の無かった県にとっては有力なアピールにもなるようで、会館前から雑誌で何回か取り上げていたのを思い出す。
海の生物だけでなく、淡水魚などの水槽もあって、今の日本では見ることが難しくなった水辺の生物や淡水魚の水槽もあるのだとか。
園内に入るとそこは、結構な広さがあった。
正面からのびたメインストリートからそれぞれ生態系や種類、テーマなどに沿って道が分かれているようになっている。
「うお、思っていたより広いな」
そのまんまの言葉だ。芸の無い。
「うん、一日で全部見られるかな?」
案内用に渡されたパンフレットを樹の膝に広げて見せる。
イルカ、ペンギン、アザラシ、アシカ、といった水族館の定番動物をはじめとして、サメのコーナーもあるらしい。こりゃ一日で廻るのは無理だろう。
パンフレットと睨めっこしているそんな時、
ふと、何かサラサラとしたものが樹の首筋にあたった。
気になって横を見れば、すぐそこにはつかさの顔があった。
(うわっ!)
と、叫びそうになった声を押し殺す。
樹だってそれなりのお年頃な少年である。自分のすぐ隣には異性の顔があると考えてしまうと、心中穏やかではいられない。
しかし、つかさはこんなにもかわいくなっていたのか。
長い髪の毛、薄くメイクされた表情。
紅いニットカーディガンに、淡い青のミニスカート、それに合わせたブーツとマフラー。
正直、けっこうかわいい。