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それは不思議な存在だった。
翡翠(ひすい)色のした大きな瞳と薄い桃色の唇に、雪のような真っ白な肌。
凛として整った顔立ちと、腰までかかった栗色の髪。
樹より少し年下だろうか、体躯(たいく)だけを見れば小柄で、中学生の平均よりやや下程か。
「何を見てるいの?」
樹の視線に気付いたのか、少女は髪や顔をしきりに触りはじめた。
けれど、少女の瞳は樹と視線を合わしたままだった。
達樹は慌ててゴホン、と咳払(せきばら)いして頬をかく。
一瞬、何語で話すか迷ったが、達樹の言葉の文化圏(ぶんかけん)は日本語だけ。
「その、なんだ。何でもないんだ、気にしないで。てか、気にさせちゃったみたいでごめん」
達樹は素直に謝った。日本語で。
「そう。じゃ、気にしないね」
少女は楽しそうに笑って言った。
言葉遣いは大人びて感じる、幼く柔らかな声。
お花屋さんとかで良く見かける、泥よけのエプロン姿。
その手にはベルトのついた大きな金刺繍(ししゅう)の施された本が抱えられていた。
その不思議な少女に見入っていると、どこからか不思議な声がした。
「こんにちは」
声は本から聞こえてくる。
「なっ!」
老人のようにしゃがれた声。
「もう、いじわるしないの」
少女が軽く注意する。
本が口を利いている。その異常は気にも留めない事からして、少女にとってはそれが当たり前の事なのだろう。
異様な光景を目の当たりにした樹には、理解がまったく追いつかない。
(えっと、夢……じゃないよな。なんで本が喋っているのかわからないけど、痛覚とかは本物みたいだ)
自分で抓った腕が少し痛かった。
いや、そもそもこの子誰だ?何で僕のベッドに?どこかであったっけ?
考えが一向うにまとまらない。
樹の心の声を聞いたのか、樹の問いに答えるように少女は言った。
「私の名前はイリス。人の言う神様ってやつかな」
神様―目の前にいる少女は、樹にそう名乗った。
喋る本の次は神様と来た。
(勘弁してくれ神様)
もちろん、彼女は真面目に言っているのだろう。
普通に人をからかっているのなら、人は声や仕草にどこか引っかかりがある筈だ。
それは照れであったり、視線が泳いでいたりと。
でも彼女にはそれがない。当たり前のように平然とこちらを見返している。
(本当なのか?)
普通ならそんな言葉を誰も信じたりなんかしないだろう。それなのに何故か不思議と、彼女の言っていることを受け入れている自分がいる
真剣な人間の眼を、樹は幾度となくみてきたから。それ故に、彼女の瞳には曇りがないのがわかってしまう。