ワンダーランド

―不可思議な平行世界―

 

            著 眞田 圭介

 

 八月初頭―――

 

 焼けるように熱い日差しがアスファルトを照らす午後一時。

 ビルが並ぶオフィス街、通気性は悪くヒートアイランド現象を引き起こしている中、道行く人はスーツだらけ。

 その光景はさながら真黒な団体行進のようである。

 暑くないのだろうか?と問いたくなる。

 道行く人は額に汗を滲ませて歩いているので、そんなことは訊けない。

 しかし、最近ではスーパークールビズとかでアロハシャツを着ている人や、よくわからん服装などが流行っているそうだ。

 ……確かに、この暑さの中で長袖スーツを着るよりはまだマシなのだろう。

 また、逆に『だらしねぇ格好』と思われたくないからという、まぁこの国の人ならではの回答だ。

 だが、スーツというのはどうも暑いな。

 ハマキを口に咥えながら考える。

 最近じゃ、喫煙できる場所も減ってきた。

 駅のホームに設置されていた喫煙所でさえ、いまや撤去されている。

  『タバコは身体に毒です。だからやめましょう』とかポスターで見かけるが好きで吸っている人”にとってはどうなんだ?

 実際はお前ら“吸わない人間”が副流煙が単に嫌なのと、生理的に受け付けないだけだろ。

 だが、歩きタバコとかは確かに危ないとは思うけどさ。

 結論としちゃあ、タバコを好きで吸っている奴っていうのは“自己責任”で吸うわけだからそれでいいんじゃないかと思うわけだ。

 ふ~む。こうやって考えると最近の政治もだが人間っていうのも良く分からんね。

 政治屋は口を開けば「増税、増税」と。お前ら全員増税村の村人かってーの。

 ま、俺の国ならそんなことはまずないね。

 民衆のためにならない奴は死刑にされちまうんだな、これが。

 仕方ないさ。なんせ国の実権を握って何百年と生きているお方だからな。文句なんて言ったら身体を引っぺがされてしまうわ。

 ……ふぅ。くだらない戯言はこの辺りにしておこう。

 白き毛並み、ルビーのように透き通った眼、長い耳と、細長い髭が特徴的なその小さな存在は歩いている。

 まったく暑い中ごくろうさんなことだ。

 小さなその存在は心にないことを思った。

 道行く人からすれば、その存在はとても異様に思えただろう。

 道行く人々は振り返り、中には駆け寄ってきて携帯電話で写真を撮る始末だ。

 まったく、可愛いだの何だのと、人間なんかに観察されて写真を撮られる此方の身にもなってほしいものだね!

 憤慨、いや傲慢なその小動物の歩く先には今回の目的地である不動産屋がある。

 

 ぴと、ぴと、ドグシュ

 

  ……自動ドアが開かないだと……馬鹿な!

 手で叩いて見るもびくともしない自動ドア。

  「なんの恨みがあってこんな仕打ちを……!」

 思わず心の声が外に漏れる。それだけ、いま俺には余裕がないっていうことだ。

  『汝、心の呪文でこの扉は開かれん』

 ……自動ドアがしゃべった。うわぁ。引くわぁ……だが、念じないわけにはいかない。思い付く限りの  呪文を唱えて見る。

  『開かぬなら開くまで待とうホトトギス』

 ……やっぱ開かないし。この言葉は有名な徳川家康という武将がいった言葉であるが、ダメか。ならば、思い付く限り最大の呪文を心の中で唱えるしかない。

  『……開けっ、ジュワッ!』

 昔、いや今でも子供向けのヒーローものに『ジュワッ!』という言葉を言う3分間しか戦えないナニカがあった気がする。だが、3分間ってカップ麺を待つのと同じだぞ?安上がりなヒーローだな。まぁ、 そんなことはどうでもいいか。

 ガゴォオオオオ、音を立てて開く自動ドア。

 うん、すごく……恐ろしい音だ。ごくりとつばを飲んだ自身から発せられる音が耳まで聞こえる。

 そうだ。覚悟を決めろ!俺はこんな下等生物に負けるほどの生物か!

 第一歩を踏み込むと、ふかふかの紅い絨毯に足が着いた。

  『この一歩は小さな一歩だが、動物にとっては大きな一歩だ』

 かつて、アポロで月へ行ったガガァリンの言葉と似ているが、我々の方が先に使っているので問題ない。

 むしろ、パクられたのは我々側である。

 

  「いらっしゃい……ませ……」

 店員が一様に目を見開いている。

 そんな驚きの目にも俺は屈しない。屈しないんだからなっ!

 

 そんな中で、一人の女性店員が近づいてくる。どこにでもいる接客をメインとする女だ。興味すらわかないその辺にいる女である。

  「……どこのペット?」

 

 ブッチ。俺はキレたぜ!

  「あぁん?失礼なっ!私は不思議の国(ワンダーランド)からやってきたピーター・ラビットですぞ!」

 失礼な人間だ。報復してやるぞ。

 勢い良く空中を舞いつつ、咥えていた葉巻を手に取ると、口に含んでいた煙を一気に吹っかけた。

  「きゃぁああああ」

 ふんっ。頭が高いのだよ、頭が。

  「……しっ、失礼いたしました。ピーターさん」

 困惑した表情で謝られても、身も心も響きません……。

  「用件は何でしょうか?」

 私はここぞとばかりに

   「3LDK くらい大きい人参畑を探しに来たのだ。手ぶらで帰ったら女王陛下に丸焼きにされてしまう……」

  「されてしまえばいいのに」

  「何か言ったかな?」

  「いえ。少々お待ちください……」

 店員は奥の方へ行くと、同僚と思われる人に『あの兎、超―――キモいんですけど……』などと話しているのが聴こえる。

 他には『ウサギがしゃべるなんて、どこかの漫画か、アニメだけにしてほしいわ。ぶっちゃけ面倒くさい』

 あとで、出てきたらそんなことも言えないほどにギッタンギッタンにしてやるぞちくしょう……と思っているタイミングで別の若い店員がやってきた。

 若者は、茶色がかった肩まで伸びた髪とその細くて整った輪郭にマッチして『さわやかさ』をかもし出している。

 しかし、先ほどの会話から私の中では警戒心が生まれ、じっと、若い店員を見つめるだけである。

  「ピーター様、こちらはどうでしょうか?」

 店員は俺に、さながら物件のような畑を見せてくる。

 さわやかにこう切り出された……さしずめ、一本取られたと言う感じだ。

 だがしかし、どれも魅力のある畑ばかりだ。

 

 さて、どれにしたものか…………

 

 などと思いながら、一番広大そうな人参畑を探す……あった!これや!

 

  「この人参畑だ。この大きさなら問題ないっ!」

  「わかりました」

 笑顔で奥に行く店員。

 

 ふと目に浮かぶ人参畑……これでたらふく人参を食べることができる。時間にもこれで間に合うだろう。

 それがただただうれしい。

  「お客様、こちらにサインをお願いします」

 一枚の書類にピーターと一筆書く。

 さて、これであとは代金を支払うのみだが、私にはキャッシュカードというものがある。

 店員はあわてた表情で戻ってきた。

  「……えっと、お客様非常に言いにくいのですが、この人参畑まで移動するための手段が……こちらにはございません」

 息をつぎはぎしながら、語るが要は私の足でいかなければならないということだ。

 しかし、ようやく腹いっぱいの人参を食べることができる。

 想像しただけで、涎が出てきそうだった。

 

  「こんにちは~宅急便です~」

 なんとも若そうな男が入ってきた。

  「で、これを宅配すればいいのかな?」

  「ちょっと待ちなさい!私はペットではないのです!」

  「うわっ、兎がしゃべった」

  「私は不思議の国からやってきた、ピーター・ラビットだ!頭が高いぞ人間!」

  「……まぁ、そんなことはどうでもいいや。とりあえず、時間切れというわけで」

 

 青年は有無を言わさず、強引に運送屋に私を乗せた。

途端に激しい衝撃によって意識を失ってしまった。

 

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  ……どこだ……ここは……

  「うぅ……寒い……」

 

 辺りは薄暗く、よく見えない。

 しかし、寒いことだけはわかった……。

 

 ドンっと衝撃が走り、大きな扉が開く。

 そのとき自分が箱に詰められていることが分かった。

 

  「おっさーん。今日はとびっきり生きの良いものが入ったよ」

  「お!おまえさんの採ってくる食材は常に最高だからな。今回も期待してるぜ」

  「大丈夫!今回のもすごいぜ!」

  「そうか。だがその“食材”もかわいそうだな。“今回も時間切れ”だそうで」

  「まったく、進歩しないよねぇホント」

 

 ピーターはそこでこれから自分に降りかかる災難に覚悟し、いかにしてここから逃げ出そうかと考えていた。

 

  完