ワンダーランド カーニバル

―真夏の祭りは終わらない―

著 眞田圭介

 

 からっとした空気と入道雲が夏と言う季節を表している八月初頭。ビルの並ぶこの街は昼も夜も眠りを知らないほどに眩しい。都市の風はヒートアイランド現象によって熱風と化し、季節を問わず暑い。敷き詰められた感のあるこの世界は、俺の住む世界では、まずありえないしヒートアイランド現象なんて言葉自体生まれることはない。そんな世界に来てしまった俺だが、どうも何かを忘れてる気がする。

 朝だというのに暑い中、今日も歩く人々は、せっせと世界の歯車の中心に居る賢者(お金持ち)のために、歯車を回すという、循環(サイクル)が行われている中、働くものの意義……いや、生きる意味と言うのはどこにあるのだろうか?

何らかの組織に属し、そこに魂まで拘束される世の中、全く滑稽な時代だとは思わないか?

 ところで、「口八丁、なんとか」で有名だったあの総理、国を守るどころか国を売る売国奴なる政党は内部崩壊、更には『脱原発』をスローガンに原発反対運動が起きているが、これも最近ではどうも胡散臭い奴らが頭をやってるそうじゃないか?

しかもスローガンは「いま停めないでいつ停めるのか?今でしょ」だそうな。そんな流行をここで混ぜるなよ。と突っ込みたくなるのは置いておいて。いまでは、政権に経験豊富な党が奪還し、『アベノミクス』という希望の造語もでてきたが、先行きは暗闇まっしぐらだそうな。いまや子供だって知っているアベノミクス。そもそも、アベノミクスとか三本の矢とかなんなんだ?何か飛んでくるのか?いや、飛んでいくのか?「大空駆けて Hey Boy 君は飛んで行く あのロケットのように……」みたいなノリなのか?(意味がわからん)……冗談はさておき、我々の世界では『クリムゾンミクス』というのがある。もちろんアベノミクスは女王の政策のパクリである。クリムゾンミクスとは、行商人は常に利益と言う名の循環を行わなければならない究極の政策の総称だ。失敗すれば死あるのみ。あのトランプの兵隊に連行されて消されてしまうのだ。クリムゾンミクス、恐るべし。

 

 逆に言えば、俺たちは女王の家畜同然なのだ。国益が上がらなければすぐに首チョンパ。いわゆるギロチンの刑が待っている。俺たちに明日なんてない。いやむしろ権利すらないんだろうな。

 

ちなみにこの国では、「働かざるもの食うべからず」という言葉があるようだが、俺たちの国では、「働かざるもの死あるのみ」と言う。もちろん、これも我々の国が最初に言い出した言葉をもじったのが人間たちであることは言うまでもあるまい?

 

 しかし、やはりスーツと言うものは暑いな。ハマキを口に咥え、煙を吐く。んー素晴らしい。今までの邪推な思考回路を綺麗さっぱり消し去るほどの花のような芳香、そして舌に残るこの旨味!たまらんっ!

白い毛並み、ルビーのように透き通った眼、長い耳と、細長い髭が特徴的なその小さな存在は歩いて思考をする。

 思考とは、どこからくるのだろうか?脳みそか?内なるモノから生まれてくるのか?理解出来ない。いや、理解しようとしても無駄なんだろう。それは論理的に言うならば『思考とは、脳が直接電気信号で送る情報のようなもの』だからだ。もちろん、その科学的な構造(メカニズム)は正しい。が、それは人間の理屈に過ぎない。私個人の意見を言うならば、思考とは『魂』そのものが発するもの。つまり、内なるモノなのだ。……おっと、真面目に思考するなんて柄でもないことをしてしまったな。普段ならこんな思考には……ん?いや待て、なぜに俺は“生きている“……?思考が加速した瞬間、拍手をする声と共に若い男の声が聞こえた「良く気づいたね。おめでとう」その瞬間、俺が立っていた地面と空が反転し、俺は空へ堕ちていく。唐突に俺は死んだ。

 

 意識が目覚めたとき、薄暗い地面に横たわる俺がいるだけだった。起き上がって辺りを見渡し、ふと疑問に思うのは夏なのに桜が満開であるということだろうか?季節外れの桜も悪くはないと思うが。起き上がり、スーツに着いた埃を払いながら周りを見ても桜があるばかり。頭上には(おぼろ)(づき)。そういや、桜の花びらひとつひとつが霊の象徴であるという話をどこかの書物で読んだことがある。だが、ここは本当にどこだ?

「よぉ、あんたも生きることに疲れてここにやってきたのかい?」

声が突如後ろからするものだから、背筋がぞくぞくっと震え上がる。人気などないこの場所にいるとすれば、すなわち幽霊しかいないだろうからだ。

「残念だが、人間じゃないのは専門外なんだが、調理したらうまそうじゃないか?お前」

声は張りがありどこか自信に満ち溢れている。その一言一句に冷気が籠っているかのごとく、俺の背筋を凍らせている。

「誰に声をかけてやがる。俺は不思議の国からやってきたピーターラビットだぞ?」

あまりの恐怖に叫びそうになりながらも強気で言葉を返しながら、俺は振り返る。そこに立っているのはおそらく男だ。これはわかる。しかし、肝心の姿形が朧気(おぼろげ)だ。

「俺は人外は趣味じゃないんだ。特に、お前みたいな兎はな。……まったく、この世界の“神様”ってやつはどうしてこうも俺に損な役割を押し付けるのかな?」

表情すらわからないが、言葉には怒りとか憎悪とかそういった感情がぐちゃぐちゃになっているように感じて不明慮だ。その危険人物はタンっと地面を蹴ったと思った時にはすでに目の前……いや、俺にとっては見上げる位置にやつがいる。

「安心しろ。お前の人生はこれで終了(ハッピーエンド)だ」

言葉と同時に俺に向かってくる白き閃光。それは眩いほどの輝きを持ち、俺自信を包み込むんじゃないかというほどの光に感じられた。が、突然、その光が消える。

「……邪魔するなよシオン。せっかくのいい場面(シーン)が台無しじゃねーか」

忌々しげに言う男と俺の間には一本の槍が突き刺さっている。穂先の柄に巻き付けられた布は豪華な装飾が施されており、見る者に芸術すら窺わせる。どこから現れたのか、もとからそこにいたのか、金髪を編みこんだショートヘアーで肌は色白、整ったその輪郭が美しいとさえ感じる貴族風な少女が槍を掴んでいる。気品あるその顔立ちが彼女の貴族的なイメージをより強くさせると同時に女神に見える。

「やめなさいマコト。何の罪もないウサギを殺める必要がどこにあるというの?」

「あるさ。俺の目の前にいる存在は全て敵だ」

「どうしてもこのウサギを殺めるのならば、私はあなたを殺めてでも止める」

「なら、やってみるかい?一度はやってみたかったんだ」眼を据わらせて彼女は

「あなたが私に敵うとでも?」

静かに、重みを持たせて言う。忌々しそうに舌打ちをしてマコトと呼ばれた男は静観を決め込んだようだ。彼女は俺を聖母のような優しい表情で見て「ウサギさん、この者が失礼しました。非礼をお詫びします。ところで、お怪我はありませんか?」と声をかける。

 

おぉ!この笑みはたまらんっ!たまらなさすぎるぞ!よく見れば、豊満な膨らみを持っているではないか。だが、ここで下心を出してはいけないな。あくまで俺は紳士でなくては。

「いえ、大丈夫ですよ」

「そう。なら良かった」

 彼女の微笑みに俺は夢見心地を感じずにはいられなかった。いや、本当はここは夢なんじゃないか?人知をも超えた何らかの力が働いている世界で、それこそ平行する世界のように。だからこそ、確かめずにはいられなかった。

「フニッとしたその感触、この弾力性!これはほんも……」

ベェブッと俺は間抜けな声を上げる。自業自得とはこのことか。俺の頭部を槍が突き刺したようだ。痛みなんて感じる暇もない。彼女は顔を真っ赤にして何かを叫ぶ。が、俺はその言葉を聞かずして、意識がブラックアウトした。

 

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 ん?ここはどこだ?暗闇の中で俺は自身が四方に包まれていることに不思議に思う。……そういえばニンジンをたらふく食べるために俺は不動産屋に行き、広大な土地を買おうとしたところで……。

「おやっさーん、今日も珍しいもんを持ってきましたよ!今回は喋るウサギっす!これなら、あの赤い服を着た美人の姉さんも喜ぶんじゃないですかね?」

 

 ピーターは思考をフル回転させた。ここからいかにして逃げ出そうか、と。